2025年2月4日火曜日

ハシリグモ属がキシダグモ科から独立した

 

新進気鋭のクモ学者,Kuang-Ping Yu氏を筆頭とした国際チームとの共同研究の成果が発表されました.

Kuang-Ping Yu, Ren-Chung Cheng, Charles R. Haddad, Akio Tanikawa, Brogan L. Pett, Luis N. Piacentini, Ho Yin Yip, Yuya Suzuki, Arnaud Henrard, Christina J. Painting, Cor J. Vink, Eileen A. Hebets, Mark S. Harvey, Matjaž Kuntner. 2025. Systematics and evolutionary history of raft and nursery-web spiders (Araneae: Dolomedidae and Pisauridae). Zoological Scripta. [Early view]


以下,内容を簡単に解説します.

従来の形態形質に基づく分岐分析や,いくつかの遺伝子領域に基づく分子系統解析の結果は,キシダグモ科(キシダグモ属,ハヤテグモ属,ヒゲナガハシリグモ属,ハシリグモ属など)が単系統群を形成するという説を支持してきました(図1).しかし,極地を除く全大陸のキシダグモ科を対象に,ゲノム中の超保存領域(UCE)を用いて包括的な分子系統解析を行った結果,キシダグモ科は多系統群となり,ハシリグモ属を含むハシリグモ類は,コモリグモ科やサシアシグモ科などからなるクレードと姉妹群を形成することが支持されました(図2).この結果および形態形質に基づき,科「Dolomedidae」が復活し,ハシリグモ属を含む”ハシリグモ類”はこの科に移動しました.

図1. キシダグモ科および近縁な科に関する従来の系統仮説.

図2. 当研究によって支持された系統仮説.

また,当研究では,キシダグモ科とハシリグモ類における分岐年代推定および生活様式の祖先形質復元も行っています.その結果,両者における半水棲から陸棲への進化パターンについて,興味深い差異が見出されました.

まず,キシダグモ科においては,半水棲の生活様式から,陸棲および造網性の生活様式への転換が生じており,この転換時期は中新世中期における寒冷化・乾燥化が進行した時期と重なります.また,キシダグモ科の半水棲種はすべて熱帯域に分布しています.これらのことから,中新世における寒冷化・乾燥化が,キシダグモ科の水域から陸域への進出および網の(再)獲得を促した可能性があります.

図3. キシダグモ科における生活様式の進化 (一部の属を削除し,簡略化).

ハシリグモ類においても,半水棲種のうちBasalなクレードに属する現生種の多くは亜熱帯~熱帯域に分布しますが,一部の種はすでに北方に分布していました.したがって,ハシリグモ類はキシダグモ科に比べて寒冷な気候に適応しやすかった可能性があります.そして,中新世における気候変動の過程で,他の大型の半水棲クモ類にとって生息が困難となった寒冷地の水域にハシリグモ類が急速に拡散し,その結果として現在の広い分布域を獲得したと考えられます.

また,ハシリグモ類の大部分の種は半水棲であり,半水棲から陸棲への転換は,派生的かつ散発的に生じていることがわかりました(図4).

図4. 日本産ハシリグモ属の一部における生活様式の進化.

たとえば,日本産のハシリグモ属のうち,半水棲のスジブトハシリグモと陸棲のスジアカハシリグモ,半水棲のスジボソハシリグモと陸棲のイオウイロハシリグモはそれぞれ姉妹種の関係にあります.また,両者は同所的に生息する傾向があり.たとえばとある池の水面にスジボソハシリグモが,そのほとりの草本上にイオウイロハシリグモが占座している,といった状況はしばしば見受けられます.

このように,ハシリグモ類においては水域から陸域へのニッチ分化が急速かつ独立に生じたことで,陸棲と半水棲の姉妹種の共存が成立したと考えられます.

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