2019年9月24日火曜日

日本産ヤリグモ属の識別:特にヤリグモ♀とヒゲナガヤリグモ♀について

はじめに
 ヤリグモ属Rhomphaeaはクモを襲う習性 (araneophagy) をもつヒメグモ科の一群であり,国内ではヤリグモRhomphaea saganaという種が良く知られている.ジョロウグモやハエトリグモなどに比べると遥かにマイナーなクモではあるが,フィールドワーカーや自然愛好家の方々の中には本種の存在をご存知の方もいらっしゃるのではないだろうか.
 ところで,筆者が関東平野の平地林を散策していると,ヤリグモによく似た別種であるヒゲナガヤリグモR. labiataに出会うことが多い.筆者のメインフィールドでは,ヤリグモよりもヒゲナガの方が多い印象すらある.インターネット上に散見される「ヤリグモ」あるいは「ヤリグモ属の一種」と題された画像の中にも,ヒゲナガが混在しているようだ.このヒゲナガヤリグモ,実は日本新記録として報告されたのは2001年と,日本のクモ相においては新参者にあたる.昔から日本各地に分布していたのか?それとも近年急速に拡大しているのか?ヤリグモとの種間関係はどうなっているのか…と,(個人的には)興味の尽きないクモなのである.
 筆者は,日本産ヤリグモ属に関する情報を整理すると共に,混同されがちなヤリグモ♀とヒゲナガヤリグモ♀の識別方法を紹介することによって,ヒゲナガヤリグモの知名度をより向上させたいと考え,本コラムを執筆した.本コラムで紹介した情報がゆくゆくは誤同定の回避や分布記録の充実に貢献することを期待している.


用語:ヤリグモ属の体型について 
ヤリグモ属の腹部は後方に突出し,そのシルエットは細長い三角形となる.吉田 (2003)では,腹部基部から糸疣にかけてを「糸疣の前部」,糸疣から腹部後端にかけてを「糸疣の後部」と表現している.以降の解説でもこの表現が多用される.



ヤリグモ属 Genus Rhomphaea
体型は上述の通り.本属に似た体型をもつクモとしてはヒメグモ科のオダカグモなどが挙げられるが,本属のクモは粘性の捕糸を含む餌捕獲用の不規則網を張らず,他のクモの網に侵入するといった「放浪性」によって特徴づけられる.ただし,造網能力を完全に欠いているわけでなく,簡素な足場網であれば即座に張ることができる.

2019年時点で,日本からは以下の5種が記録されている (谷川 2019).
 アシマダラヤリグモ R. annulipedis Yoshida & Nojima 2009
 タテスジヤリグモ R. hyrcana (Logunov & Marusik 1990)
 ヒゲナガヤリグモ R. labiata (Zhu & Song 1991)
 ヤリグモ R. sagana (Dönitz & Strand 1906)
 タニカワヤリグモ R. tanikawai Yoshida 2001

◆アシマダラヤリグモ R. annulipedis
アシマダラヤリグモは2009年に岡山県産の1♂に基づいて記載された種であり(Yoshida & Nojima 2009),それ以降正式な記録は無い.
本種はササの根元付近から採集されたという(Yoshida & Nojima 2009).

◆タテスジヤリグモとタニカワヤリグモ R. hyrcana & R. tanikawai
タテスジヤリグモやタニカワヤリグモは南方系の分布を示しており,いずれも関東以南の太平洋側地域~南西諸島にかけて記録されている (新海ら 2018).


筆者がタテスジヤリグモに初めて遭遇したとき,「腹部が非常に細長い」ことに驚いた.この細長さは識別点になりうるのだろうか? Yoshida (2001)では,タテスジヤリグモの腹部がヒゲナガヤリグモと同等に長いことは指摘されているものの,「細さ」に関する記述は無い.産卵期の♀は腹部が大きく膨らむため,他種と区別がつきにくい可能性もあるだろう.
本種は草本の根元などで見つかる (Yoshida & Nojima 2009).筆者はススキの葉間に糸を張って移動する個体を静岡で,草本の根元に潜む個体を西表島でそれぞれ確認している.

タニカワヤリグモの形態的特徴としては,腹部の糸疣後部が前部の2倍程度しかない (すなわち腹部が短い)こと,腹部にうろこ状の白斑が目立つこと,歩脚に多数の黒斑や黒環があることが挙げられている (Yoshida 2001).
本種は樹上性とのこと(Yoshida & Nojima 2009) .筆者は高知県および西表島で採集したことがあるが,いずれも高さ1.6mほどの樹上にみられた.


上記の2種に関しては遭遇頻度が低いと思われるので,大まかな外見的特徴や生息環境を記すに留めた.正確な同定のためには交尾器の観察が必要であるため,詳細を確認されたい方はYoshida (2001)および吉田 (2003)を参考にしていただきたい.



以降では,関東地方において同所的に遭遇する可能性の高い,ヤリグモとヒゲナガヤリグモについて解説する.



引用文献
馬場友希・谷川明男 2015. クモハンドブック. 文一総合出版. 111pp.
Ono, H. & Shinkai, E. 2001. Spiders from the garden of the institute for Nature Study, Shirogane, Tokyo, Japan (Arachnida, Araheae), Reports of the institute for Nature Study, Tokyo, 33: 173-
小野展嗣・緒方清人 2018. 日本産クモ類生態図鑑. 
鈴木佑弥・須黒達巳 2018. 新潟県で採集されたクモ. Kishidaia, 112: 76-79.
谷川明男 2019. 日本産クモ類目録 ver. 2019 R1. online at = {http://www.asahi-net.or.jp/~dp7a-tnkw/japan.pdf}
千国安之輔 1989. 写真日本クモ類大図鑑(改訂版). 偕成社. 309pp.
八木沼健夫. 1986. 原色日本クモ類図鑑. 保育社. 398pp.
Yoshida, H. 2001. The genus Rhomphaea (Araneae: Theridiidae) from Japan, with notes on the subfamily Agryrodinae. Acta Arachnologica, 50: 183-192.
吉田哉 2003. 日本産ヒメグモ科総説. 日本蜘蛛学会. 223pp.
Yoshida, H. & Nojima, K. 2009. A new species of the genus Rhomphaea (Araneae: Theridiidae) from Okayama prefecture, Japan, with notes on the habitats of Japanese Rhomphaea. Acta Arachnologica 58: 103-104.
新海明, 安藤昭久, 谷川明男, 池田博明, 桑田隆生 2018. CD日本のクモ ver. 2018. 著者自刊.
新海栄一 2006. 日本のクモ. 文一総合出版. 335pp.
新海栄一 2017. 日本のクモ (増補改訂版). 文一総合出版. 408pp.
Zhu, M. S. & Song, D. X. 1991. Notes on the genus Argyrodes from China (Araneae: Therididiae) . Journal of Hebei Pedagogic College (nat. Sci.) 1991(4): 130-146.






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