プロローグ
クモは糸を紡ぐ動物である.糸を紡ぐ器官は糸疣(いといぼ, しゆう)とよばれ,腹部末端付近に位置している.
この写真は,走査型電子顕微鏡で撮影されたジョロウグモの糸疣である.後輩のT君が授業の一環で撮影した画像だという.写真から読み取れる糸疣の構造について教えてほしいとのことだった.
早速写真を確認する.写真の上方向はクモの腹部末端を示している.つまりクモは上下さかさまの状態だ.
ジョロウグモをはじめとする多くのクモにおいて,糸疣は前疣・中疣・後疣の3対6個から構成されている.後疣の後方には肛丘という隆起があり,ここに肛門が開口している.
ジョロウグモをはじめとする多くのクモにおいて,糸疣は前疣・中疣・後疣の3対6個から構成されている.後疣の後方には肛丘という隆起があり,ここに肛門が開口している.
さらに,糸疣の間をよく見ると,2本の糸がより合わさって1本の糸を成していることが分かる.これは,「牽引糸」や「しおり糸」とよばれる糸であり,命綱としての機能をもつと考えられている.
では,牽引糸が紡ぎ出されている前疣を,さらに拡大してみる.
前疣を拡大してみると,糸は微小な管状の構造「吐糸管」から紡ぎ出されていることが分かる.前疣に位置し,牽引糸を紡ぎ出すこの管は,「瓶状腺(びんじょうせん)吐糸管」と呼ばれる吐糸管の一種である.ここまでは,既存の知識によって理解できた.
しかし,この写真には不可解な点があった.
それは,一つの前疣のうえに,瓶状腺吐糸管が「2本」写し出されているという点である.
なぜ不可解なのか?それは,ジョロウグモやオニグモ,アシナガグモ,ヒメグモをはじめとするコガネグモ上科のクモにおいて,前疣の瓶状腺吐糸管は1本(左右で2本)と決まっているからだ(吉田 2000; Coddington 1989).
本来であれば瓶状腺吐糸管は1個の前疣に1本のはず.しかしT君から送られてきた写真には2本.この事実をどのように解釈すればよいのだろう?
吐糸管数が記載されている文献に目を走らせながら,ふと,あることに気づいた.
糸疣の吐糸管数は,いずれもクモの成体を対象に計測されたものだったのだ.では,幼体はどうなのか?ひょっとして,成長段階によって吐糸管の数は異なるのではないだろうか?と思い立ったのだ.
早速,T君に「写真個体は小さなジョロウグモではありませんでしたか.もしそうであれば,腹が大きく模様のはっきりした個体を見つけて,糸疣を撮影してみてください」と伝えた.すると彼はさっそく成体の写真を撮影し,送ってくれたのだ.
案の定,その写真には1本の瓶状腺吐糸管が写し出されていた!!
これらの観察から,「ジョロウグモの前疣にみられる瓶状腺吐糸管は,成体では1本だが,幼体には2本ある」ということが確認された.これを受けて,「ontogeny」「shift」「spigot」「spinning field」などのキーワードをもとに検索をかけたところ,いくつもの論文がヒットした.
そこで本記事では,それらの文献をレビューするかたちで,「成長に伴う吐糸管数変化」というトピックを紹介したい.
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