◇2本の瓶状腺吐糸管の正体は?
さっそく先行研究を漁ると,瓶状腺をもつ様々な種において,「幼体は前疣に瓶状腺吐糸管を2本有するが,成体は1本しか有さない」という現象が確認されていることがわかった.
それでは,幼体期のクモが有する2本の瓶状腺吐糸管はそれぞれ何と何なのか?瓶状腺吐糸管から紡ぎ出される糸をつくる器官である瓶状腺には
大瓶状腺(major ampullate silk gland: MaA)
および
小瓶状腺(minor ampullate silk gland: MiA)
の2種類が存在するので,2本の瓶状腺吐糸管はそれぞれ大瓶状腺吐糸管と小瓶状腺吐糸管だろう,と考えたくなるが,それは間違いである.なぜなら,小瓶状腺は前疣ではなく中疣に開口するためだ(Coddington 1989).
Townley et al. (1993)は,幼体の前疣にある2本の瓶状腺吐糸管に以下の名称を与えた.
●一次大瓶状腺吐糸管:primary (1°) MaA spigot
大型の大瓶状腺である一次大瓶状腺に連結する吐糸管
以下では1°と略記
●二次大瓶状腺吐糸管:secondary (2°) MaA spigot
小型の大瓶状腺である二次大瓶状腺に連結する吐糸管
以下では2°と略記
つまり,幼体の前疣にある2本の瓶状腺吐糸管はいずれも大瓶状腺であり,それらが繋がっている大瓶状腺のタイプによって,一次および二次として区別されている,ということだ.
◇2本のうちの1本は,成体になった際にどこへ消えた?
2本の大瓶状腺吐糸管のうち,亜成体から成体にかけて消えるのは2°である.しかもこれは完全に消失するのではなく,nubbinとよばれる器官に置換される (Yu & Coddington 1990).Nubbinとは成体の前疣において1°の脇にみられる膨らみであり,ここから糸を紡ぐことはできない.T君の撮影した写真にも,1°の脇にnubbinと思しき構造が写っていた.
Twownley & Tillinghast (2009) によれば,nubbinには3つのタイプが存在する:
①個体発生:成長過程で,機能的な吐糸管がnubbinに置換される
②系統発生:祖先種において機能的だった吐糸管が,派生的な種ではnubbinに置換される
③奇形:発生の異常によりランダムに生じる
このうち,今回の議論に関与しているのは①である.
以上をまとめると,「幼体期には前疣に1°および2°という2本の大瓶状腺吐糸管をもつが,そのうち2°は成体においてnubbinに置換される」となる.
0 件のコメント:
コメントを投稿