2020年4月5日日曜日

ジョロウグモ幼体の前疣には大瓶状腺吐糸管が「2本」ある③

◇なぜ,大瓶状腺吐糸管の本数は2本から1本に減少するのか?


これまで理解が進むと,当然ながら湧いてくるのが,「そもそも,なぜ幼体は2本の大瓶状腺吐糸管をもっており,成体になったら1本に減らすのか?」という疑問である.成長に伴う吐糸数変化に,どのような機能や意義が見いだされているのだろうか?



◇tartipore: 重要な溝


ところで,ジョロウグモ幼体の前疣SEM画像を撮影したT君は,筆者にその写真を見せてくれた際,吐糸管以外の「とある構造」に注目していた.それは,2°の側方に映りこんでいる細長い亀裂のような構造である.




T君にこの構造は何でしょうか?と尋ねられた筆者は,咄嗟に「試料の処理過程で生じた,単なる外骨格の亀裂」ではないか,と答えてしまったのだが,その後文献を調べると,なんとこの亀裂にも名称が与えられており,しかも「成長に伴う吐糸管数変化」という現象を理解する上で極めて重要な構造であることが判明したのだ。

この亀裂は,「tartipore」として知られる構造である.Townley et al. 1993では,tartiporeは先ほど登場したnubbinの一種として議論されていた.すなわち,

成熟脱皮時に2°が置換されるかたちで形成されるnubbinは孔が塞がれたいわば痕跡的なものであるが,tartiporeは前脱皮時に糸を通す機能を有していた孔であり,塞がれた構造ではない」

という主張である.

また,Townley & Harms (2017) は,tartiporeの定義を次のようにしている.

「tartiporeとは,前脱皮時に形成される微細な孔である.前脱皮時における管と古い外骨格の接続によって,前脱皮中も吐糸管が糸を紡ぐのを助ける.脱皮後,tartiporeは機能を失うが,外骨格には残存する」

新たに登場したのが「脱皮」というキーワードである.どうやら,tartiporeは脱皮と強く結びついているようだ.そこで,クモの脱皮に関する基礎事項を確認しておきたい.

◇クモの脱皮


言わずもがな,クモは外骨格を脱いで成長する.
他の脱皮動物にも通ずることだが,クモが脱皮し,次の脱皮を迎えるまでの過程にはいくつかの段階が存在している.(中学理科・高校生物の授業で学んだであろう細胞周期の考え方を思い出すと分かりやすい)

まず,クモが餌を食べ,活動している器官を脱皮間期interecdysisとよぶ.しばらくすると餌を食べなくなり,古い外骨格と新しい外骨格の間のクチクラ分離(apolysis)に移行する.クチクラ分離から脱皮ecdysisまでの間,クモは安全な場所にしがみつき,一切の摂食を行わない.この期間を前脱皮proecdysisとよぶ.そして脱皮が完了すると,次の脱皮間期に突入する,という流れだ.



◇1°と2°はtartiporeとの関連性により区別される


クモにおける脱皮の流れをおさえたところで,本題にもどる.

実は,これまでに登場してきた1°や2°といった糸腺・吐糸管の分類も,このtartiporeと関係している.たとえばTownley & Harms (2017)では以下のような定義が示されている.

・Non-tartipore-accomodated (non-T-A) silk glands:この糸腺は前脱皮中は吐糸管から分離されるため,糸を紡ぐことができない.しかし,新たな外骨格に形成された新しい吐糸管に連結されることで,糸を紡げるようになる.したがって,non-T-Aは各齢の脱皮間期において機能する糸腺である.
一次(1°)大瓶状腺とは大型かつnon-T-Aな糸腺のこと.

・Tartipore-accomodated (T-A) silk glands:この糸腺は,新たな外骨格にtartiporeが形成されることで,前脱皮中においても古い外骨格との連結を維持し,糸を紡ぐことができる.しかし,脱皮時は古い外骨格の吐糸管が完全に切り離され,次の前脱皮までは糸を紡ぐことができない.したがってT-Aは前脱皮期間のみ機能する糸腺であり,しかも齢を一個とばしで(非連続的に)機能する
二次(2°)大瓶状腺とは小型かつT-Aな糸腺のこと.



このことが何を意味するかは,文章よりも図を見た方が分かりやすい.



上の図は,non-T-Aな吐糸管である1°と,T-Aな吐糸管である2°の構造を,Townley & Harms (2017)に基づいて作図したものである.
この図から,1°は「クチクラ分離後の前脱皮期のみ糸を紡げないが,それ以外の時期であれば常に糸を紡げる」こと,2°は「n齢の前脱皮期には糸を紡げるが,n+1齢期には糸を紡げなくなる」ことがわかる.

ちなみに,上の図でtartiporeは管状の構造として示されているが,どうやら脱皮直後は管状であるものの,次の脱皮までの間につぶれ,「亀裂」状になってしまうようだ.

◇なぜ2本から1本に減るか:前脱皮・tartipore・nubbinとの関係


ここで,当初の疑問に戻りたい.
なぜ大瓶状腺吐糸管の本数は幼体から成体にかけて2本から1本へと減少するのだろう?これまでの話では別々に捉えてきた1°と2°の特徴を同時に追うことで,その答えが見えてくる.



n齢のクモが脱皮をしてn+1齢になるまでの過程を考える.n齢の脱皮間期に糸を紡いでいるのは1°だ.


しかし,クチクラ分離が始まり前脱皮に移行すると,1°は古い外骨格と分離し,糸を紡げない.その代わりに,2°がtartiporeによって古い外骨格と連結することで,n齢における前脱皮中に糸を紡ぐ.

そして脱皮が完了すると,1°は再び機能を取り戻す.その一方,n齢の前脱皮において機能した2°はその機能を失い,tartiporeとして残る.そして,n齢においてtartiporeだった場所には新たに2°が形成され,n+1齢の前脱皮中に機能する.

このことから,1個の前疣において,成長過程を通じて2本の2°が相補的に機能していることが分かる.前にも述べたように,2°はその構造上,一齢とばしでしか機能できないので,それを補完するうえでもう一つの2°が存在していると考えられているのだ (Townley & Harms 2017).

仮にすべての大瓶状腺吐糸管が,脱皮間期のみに機能するnon-T-A(1°)だったら,クモは前脱皮中に牽引糸を紡げなくなってしまう.しかし,前脱皮期に機能するT-A(2°)が存在することで,クモは常に糸を紡ぐことができるのだ

トタテグモ下目およびクモ下目の様々な種においてtartiporeの存在が知られていること,また多くのクモが脱皮前に脱皮用の足場を紡ぐこと,そして実際,前脱皮においてクモが糸を引いているという事実から,前脱皮期における紡糸は広範な種で確認される可能性が高い (Townley 2009).したがって,2°の存在はクモが前脱皮の期間においても糸を張る必要があること,と密接に関係していると思われる.




そして,2本から1本への減少もまた,前脱皮と密接に関わっているようだ.クモが脱皮を続ける以上,2°はtartiporeへと置換されながら機能し続ける必要がある.しかし成熟後脱皮をしなくなるクモにとって,もはや前脱皮を経験することはなくなる.したがって,成熟脱皮後には2°ではなくnubbinが形成されるのだ.

◇例外もある

どうやら,幼体期に1°と2°を有するクモは必ずしも成熟時にnubbinを形成するとも限らないようだ.コモリグモ科のオオアシコモリグモ属Pardosaの4種では,雄においては成熟脱皮時に2°がnubbinに置換されるが,雌においては成熟脱皮を経ても2°が形成される.なんと,この「成体のもつ2°」は,1°と共に卵のうの保持に用いられるのだという (Townley & Tillinghast 2003).











0 件のコメント:

コメントを投稿